部活動のアリカタ②
- 関コーチ

- 2022年3月15日
- 読了時間: 4分
バレーボールスクールの仕事は、バレーボールがやりたい子、上手になりたい子が来るので、ほとんどがいわゆる『ヤル気のある子』です。
「ホンマにヤル気あんの?」って思うこともあるのは内緒ですが、少なくとも『バレーボール』『上達』『教えて欲しい』など、調べてレッスンに参加している時点で、ヤル気があるのだと思います。
しかし、公立中学の部活指導をしていると、その温度差にビビります(笑)
「習い事で休みます」「家の事情で休みます」と、平然と言ってきます。過去の欠席理由の中には、「家でジャンプしたら捻挫したので休みます」「お兄ちゃんの誕生日で焼肉行くので休みます」「寝坊しちゃったんですけど、どうしたらいいですか?」最も衝撃的だったのは、「猫にエサをあげないといけないので休みます」ってやつ。
これだけ聞けば、「焼肉は夜行けや!」「猫のエサは部活終わってからでもええんちゃう?」と思ったアナタ!本人は真剣なのです(笑)
まともな言い訳とは思えず、笑い話にも聞こえがちですが、これが純・日本的な考えの危険でもあります。
バレーの優先順位が高い子にしてみれば、呆れてしまいそうですが、部活というのは、ヤル気度の高い、向上心のある子だけがやるものではありません。
「バレーボールってどんなんかな?」「ゲームとピアノの次に好き」な子も、バレーボールをする権利があるのです。つまり、バレーボールが猫の次でもおかしくないし、家の事情より優先順位が低くても、それを否定する権利は誰にもありません。
人生のほとんどをバレーボール中心に過ごしてきた自分からすれば、「お腹痛いくらいで休むな!こっちは骨折しててもやってんのに!」とか、「歯医者は部活の時間じゃない時に行けや」と思ってきたものですが、今となっては、『他人は他人、自分は自分』です。
自分の価値観を他人に押し付けるのは違うし、周りも自分と同じ考えだと勝手に解釈するのも違います。
ここからは、そんな『個人の自由』とは矛盾する考え方の話。
ことバレーボール、チームスポーツとしてバレーボールを考えた時に、『個人の自由な考え』というのは、どこまで許容し、寄り添えるのか?
自分が休むことで、チームに迷惑がかかるとか、休んでも試合に出て、周囲に引け目は感じないのか?
自分は休まずに練習参加してるのに下手っぴだから試合に出られず、休みがちな子が試合に出てたら、たぶん悲しいでしょうし、恨み節のひとつも口にしたでしょう。ひょっとしたら同じような子たちと徒党を組んで、仲間はずれにしたかもしれません。
部活動を指導する側に立ってみて思うのは、バレーボールが大好きな子は言うまでもなく、『バレーボールがちょっと好きな子』も、ひとりの選手として関わっていかなければならないということ。
試合に出るメンバーを決めるとき、練習に来てる下手な子と、練習休みがちな上手な子を天秤にかけないといけないことがあります。しかも、しょっちゅうその選択に迫られるのです。
僕自身、頑張りが報われる世の中であって欲しいと思うので、下手でも一生懸命な子を先に起用するのですが、休みがちな上手な子を起用すれば勝てるかも?と思う自分もいて、コートに立っている他の一生懸命な子たちにも「勝たせてあげたい!」と思うのです。
休みがちな子を休まないように導いたり、下手な子を上達させるのが指導者の仕事やん!と指摘されそうですが、そんなにうまくいかんのですよ。。。(涙)
こっちを立てればあっちが立たず、あっちを立てればそっちがうまいこといかへん…。そんなジレンマの中で、日々葛藤しながら指導する毎日です。
毎日思います。「これでええんか?」って…。
でも、今、こう考えて指導できていることは、ちょっと気に入ってます。ひと昔前だったら「絶対このやり方が正しい!」と信じて疑わなかったでしょうから。
でも、強豪校の先生はたいてい『これが絶対正しい!』というものを持っていて、揺るがない強さがあるように感じます。どっちがいいのかわかりません…。
これからも、答えのない指導に葛藤しながらやっていくんやろうなー。。。


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