時間の使い方
- 関コーチ

- 2025年3月30日
- 読了時間: 3分
人間は平等じゃない。男女平等とか多様性とか、いろいろ言われてるけど、結局のところ大なり小なりの差別と区別に悩んだり苦しんだりしながら生きてます。
平等にチャンスを与えると言いながら、練習試合では、背の高い子や強豪校出身の子の方が出場機会が多かったりするもの。
ブランドや実績じゃなくて、自分を見てくれ!って思うけど、現実はそうじゃない…場合が多い。
そんな世の中やけど、唯一平等に与えられているもの。
『時間』です。
時間は、誰にも等しく与えられていて、その使い方は個人の自由です。
あると思えばあるし、ないと思えばない。
大会までもう3日しかないと思うか、3日もあると思うか?
そんな中でも、何かのコミュニティに参加すると、時間が限られてくる。例えば、ジュニアチームに所属すると、チーム練習の時間は縛られる。どこにも所属してない子と比べると、自由な時間は公平ではなくなる。
しかしそれは、自分が選択したことなので、嘆くのは違ってる。
ただ、誰にもプライベートな時間(自由時間)はあって、それをどう使うのか?は、文字どおり自由なはず。
その自由な時間を使ってスクールに通ってる子がいる。
偉いなー、頑張ってるなーって思う。
一方で、「ちゃんと教えてくれる人がいるのに、よそで練習するなんて失礼だ!」「教え方が違うので、子供が混乱するから、よそで練習するのは禁止!」という指導者が一定数いるのも事実。ってか、多数いる。
どういう思考??小せえ人間だな。
プライベートな時間をどう使うかなんて自由だし、違う考え方に触れることも学びであって、「スポーツに正解はないんだよ」「自分に合ったバレーボールを見つけなさい」と教えることが指導ではないのか?
確かに子供は、「コーチの言ってることが違う」となると、どっちが正解か?と思うし、正解だと思った方は信用するが、そうでない方は信用されなくなることもある。
監督は、子供を家来にして、言うことを聞かせ、王国の王様気取りを味わう場ではない。家来の裏切りを許せなくなるのも、裸の王様だからではないのか?
ジュニアバレーに限らずですが、スポーツ少年団の世界は、大人の縄張り争いになっていたり、巻き込まれる子供たちはホンマに可愛そうだなと思うし、本当の意味での『子供ファースト』になる日は来るのだろうか?
一方で、『時間の使い方』で言うと、先日こんなことがありました。
平日練習会の前に、同じ体育館が空いていたので、卒業式が終わった子たち向けの初心者クラスを開催しようと試みましたが、予約がなかったため中止にし、せっかく取れていた体育館なので、無料開放することにしました。
すると卒業した子たちが数名来ました。みんな、高校に行ってからもバレーを続ける子たち。
この時間をどう使うのかな?と思ってましたが…。
僕にしてみれば、「もったいない…」の一言。
体育館が使えることは決して当たり前じゃない。せっかく練習できる場所があるのに、ただ友達と遊んでるだけなんて…。
自分なら、最近サーブレシーブの調子が悪いから、サーブを打ってもらったり、こないだ教えてもらった奥打ちを練習してみたり、いろいろ試してうまくいかなかったのなら、すぐそばに教えてくれる人がいるのに…。
もうすぐ年度が代わります。ひとつ学年が上がることで、これまでと同じことをしてちゃいけない。
時間の使い方もワンランク上を目指し、一番大切なものを大切にできる人間に成長していきましょう!
卒団するみなさん、卒業おめでとう!高校でもガンバレ!


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